修験道


 日本の宗教史のなかで、修験道は、永い間異端の存在であった、異端というよりも、明治時代以降の宗教を抽にした、日本の仏教史編集のなかで、修験道は独立した流れさえ認められていない、なぜ一宗として認められなかったか。

 修験道は、人間と自然との饗応、命の響きあいの中に、練り上げて来た宗教だから、人間は水と樹木のある自然との中で生かされている、この単純明快な認識を根底に置く宗教が修験道だともいえる。

日本の仏教史に登場する天台宗や真言宗。あるいは浄土宗や浄土真宗・臨済宗・
曹洞宗。そして日蓮宗・時宗等々、そのいずれにも、修験道的要素がその基本に関わっている。しかし修験道は、その原初的な意味あいのゆえに、それは日本宗教のうちに、一宗の歴史として数えられることがなかった。 *かって人は、山林という濃蜜なる空間とともにあった。 始源の、はるか彼方の遠い記憶である。 その地で、人間は己の全感覚を開放させて、無数の生命の呼吸を直に感じ、聖霊たちと向き合い、聖霊たちの中に溶け込み、自然と一体化することで人は生きながらえると信じた。 その後平地に住む人々は、いつしか山は、混沌とした、闇と荒ぶる力に満ち満ちた、大いなるカミが司る、聖地と変貌していく、山神の住む特別な世界だ! けれども自然の恵みと特別な魔力の誘惑に引き込まれて、人は再び山に入る、失った始源の感覚を取り戻すために、 日常の中で放棄した神々の存在を実感するために。 修験者は山に入るのである。神々と交信するために。