08大雄山 興禅寺

いちのせの ふかきふちせは かわるとも つきぬだいひの かげはとうとき


全国だるま八名刹の通称だるま寺
上富田町市ノ瀬無番地
0739-48-0101


竜統法印(昌泰元年没、898年)開基といわれ鎌倉中期頃までは、真言宗のお寺でした。
紀州由良に、興国寺を開かれた覚心襌師(法灯円明国師)の影響をうけて、臨済宗になりました。

庭のさつき

門前の大だるま

高僧たちは、死についてどう考えていたか?
覚心、(虚無僧の元祖)
覚心は、臨済宗の僧ですが、むしろ虚無僧の元祖として有名です。覚心が中国留学したとき、護国寺の僧から、尺八の秘曲をならい、尺八を禅入門の一助となす考えから弟子の、虚竹(こちく)に伝えた。その後、楠本正勝が僧名を虚無と名乗って普化宗(禅宗の一派)の僧となったことから虚無僧の名が起る。
現在覚心開山の寺は、安貞元年(1227年)源実朝の菩提を弔うためその臣、葛山景倫(かどやまかげのり)が建てたものです。
ここの開山堂に、覚心87歳のとき、弟子たちによってつくられた木像があります。
永仁6年(1298年)覚心が92歳であった、この4月11日、老和尚の様子がどことなくおかしかった。しかし元気な様子は変わりなく、みんなを集めると「念の起るは是れ病い、続がざるは是れ薬。一切の善悪、すべて思量することなかれ」と説教し、端坐して目をとじ「さてもう逝くとしよう」といいそのまま没した。