曹洞宗


信者数、約158万人
寺院数、約一万5千寺院

道元(一二〇〇~一二五三)が、8世紀始に中国で成立した曹洞宗を日本に伝えました。
道元は叡山で天台教学を学んだにち、さらに栄西の弟子になり、禅を修め、1223年に、宋に渡りました。はじめに臨済宗の禅を学んだが満足せず、如浄について、3年間曹洞禅を修め1227年に帰国しました。その後1234年に興正寺を開祖「弁道話」「正法眼蔵」の序章を著し、日本における曹洞宗の布教の幕開けとしました。
その後道元は興正寺で「正法眼蔵」の執筆と、布教、指導に勤め。1244年越前の永平寺を開山してここを曹洞宗の根本道場と定め、一生涯、権勢や名刹に近づかず。「正法眼蔵」の執筆「只管打坐(しかんたざ)」を説き続けました。
「正法眼蔵」は、道元が1231年から1253年までの22年間に渡って、折に触れて和語で記した文章を、道元の没後、弟子達が整理して95巻にまとめた著作で、道元の思想と宗教的境地が語られております。
^座禅の作法・寺院内の行事、禅僧の日常生活などの面についても述べられております。日本最高の哲学書とされております。
曹洞宗では、ひたすら座禅をすること、座禅の姿が仏であると信じています。
また座禅行のほかに日常生活における仏教実践の途として“懺悔滅罪(ざんげめつざい)”“受戒入位(じゅかいにゅうい)”
“発願利生(はつがんりしょう)”“行持報恩(ぎょうじほうおん)”といった行をつむこと、そのことに生命をかけることを説いています。
曹洞宗の座禅は、臨済宗の公案を中心として峻烈な師弟間の練磨を土台とする座禅
「看話禅」に対し、ただひたすら(只管(しかん))座禅をする、見性禅と呼ばれ、この只管打坐によって自らの仏性を見出そうとするものなのです。
曹洞宗に属する寺院は、永平寺。総持寺があります。