時宗


信者数、約8万3千人
寺院数、約411寺院

浄土宗西山派の一遍(一二三九~一二八九)が1276年に開祖、一遍は念仏を唱えながら布教のため全国を遊行して歩き、このため遊行宗とも呼ばれている。
一遍は伊予の豪族、河野氏に生まれました。祖父道信が承久の乱のおり、後鳥羽上皇に味方したため、没落の悲運に見舞われました。十歳のとき出家し、大宰府の浄土宗西山派に属する聖達の門に入り、のち時宗を開宗することになったのです。
一遍の思想は、親鸞の「阿弥陀仏を信じたそのとき、すでに救われる、」という考えかたをさらに推し進めたものです。「信仰のあるなしにかかわらず、南無阿弥陀仏という名号を唱えさえすれば、仏が救ってくれる」というものです。
この他力念仏をすべての人々にすすめるため、一遍は、南無阿弥陀仏と書いた名号札を配りながら全国を遊行くしましたが、四十一歳のとき、鉦をたたきながら南無阿弥陀仏を唱えて人々に念仏すすめた空也(九〇二~九七二)の踊り念仏を受けいで、念仏踊りへと変質させ、念仏をすすめた。このとき信徒が、集団をつくって一遍の遊行に従いましたが、この信徒を時衆とよび、これがのちに時宗と呼ばれることになれました。宗派の拠り所とするのは、「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」ですが、特に阿弥陀経が中心となっています。
本尊は、阿弥陀如来ですが、それの身近なみのとして南無阿弥陀仏の名号を本尊とする、と信徒に教えています。
時宗は、元来遊行を旨としますが、一遍が生存中は特定の寺院はもちませんでした。二代以降、信徒の要望もあって、他宗同様、専修学院を建立しました。
清浄光寺を総本山として、無量光寺。金蓮寺。日輪寺などが法統を伝えています。